昭和を代表する永遠の二枚目スター「田村正和」さんが2021年4月3日に心不全で77歳の人生に幕を閉じました。最後まで二枚目俳優を演じきった、稀代の男前。今回はどれだけ男前だったかまとめてみました。
二枚目伝説
1. 台詞は現場に入った時には完璧に覚えNGはほとんど出さなかった。しかも他の共演者の台詞も覚えていたそうです。
2. 私生活は一切公開せず、関係者ともほとんど飲みに行かなかった。
3. 休みの日でもファッショナブルで24時間二枚目であった。
4. 人がいる場所では食事はしなかった。理由は素がでてしまうからとの事。
5. デパートのサイン会では1階から6階まで人で溢れた。
6. 襟足の長いヘアスタイルは自宅に美容師を呼んでセットしていた。
※ 田村正和という二枚目俳優を公私にわたって演じきっていたのではないでしょうか。SNSが浸透した最近では数少ない昭和のスターでした。
50代の私にとって田村正和は理想の二枚目でした。初めて田村正和の存在を知ったのは1987年に放映されたTVドラマ『パパはニュースキャスター』でした。役は二枚目半のコメディドラマでしたが、二枚目で子供嫌いのニュースキャスターが突然3人の子供と同居し、動揺しながらも徐々に愛情が芽生えていく心情と相対したドタバタ劇がスゴク新鮮で、あまりTVを見なかった私が毎回欠かさずその時間に家に帰宅して鑑賞しました。田村正和は正統派二枚目なのにコミカルな演技もできる気になる存在になりました。
翌年、「ニューヨーク恋物語」がスタート。ストーリーはニューヨークで暮らす8人の男女の人生模様。正和の役どころは元エリート商社マンで裏社会にも通じるダークな役でしたが、前作とは異なった最初から最後まで本当にカッコ良く、仕草・ファッション・顔の表情など自分で照らし合わせて見本にできる所を観察しました。最終回で正和がテラスで岸本加世子の髪を洗うシーンはなんとも言えない切なさと感動を覚えました。脇を固めるキャストも良くて真田広之・柳葉敏郎・桜田淳子・五十嵐いずみ・峰岸徹など。全11話で平均視聴率は17.2%。このドラマの主題歌は井上揚水の「リバーサイドホテル」。いまでもこの曲が流れると胸が締め付けられるような気分になります。数多くTV・映画に出演した正和ですが、私はこの作品が一番好きでした。二枚目俳優田村正和の真骨頂だったと思っています。その後に製作された「古畑任三郎」は愉快で面白く、痛快で時間がある限り毎回鑑賞していましたが、忘れられない作品はいまでも「ニューヨーク恋物語」です。
好きな作品ベスト3
1. ニューヨーク恋物語(1988年)
2. 古畑任三郎(1994年)
3. パパはニュースキャスター(1987年)
遺作:眠狂四郎The Final(2018年)
病と闘いながら撮影に挑んだ最後の作品。撮影後のインタビューでは「僕はもう、やり切ったから『静かに死にたい』っていう感じかな」と笑みを浮かべながら応えた。
代表作の一つである「古畑任三郎」は1994年に1st seasonがスタートし、ファイナルの2006年までに合計42話製作され平均視聴率は23.2%の大ヒット作品。豪華なゲストが犯人役で出演し、その犯罪のトリックを巧みな話術と推理力で解明する日本ではなかったストーリー展開が人気の秘訣でもあった。
どんな役をこなしても唯一無二の存在感を示し、昭和の香り漂う大スターであった田村正和さんは我々男性の理想の男前であった。ストイックで徹底したプロフェッショナルな生き様を少しでも吸収できるようにしたい。
ベールに包まれたプライベート
車の運転はする。晩酌は毎晩。好きなお酒はビール。料理はしない。携帯電話は所有しているが家に置いてある。読書は好きで歴史上の人物小説。
体調は10年前から心臓の病を抱え、冠動脈性心疾患という病気と戦われていた。
規格外の実家
自宅の敷地面積は1000坪以上。庭にはテニスコートが二面あり、川まで流れていたと言われています。現在の東映京都撮影所は阪妻プロの跡地。
家族
1943年生まれ、京都左京区出身。父親は時代劇スターの阪東妻三郎。四人兄弟で三人が俳優であった。実兄(田村高廣(たかひろ)・実弟(田村亮)。
結婚秘話
妻は一般人で和枝さん。2年の交際をへて正和さんが27歳の時に結婚。奥様は成城大学の2年先輩で銀座の老舗紳士服店の社長令嬢。子供は娘さんが一人で早樹子さん。
若い頃から本当にカッコ良かった!!